essay

RakugakichoBanner.jpg


ここには、私ホークアイが心に映り行くよしなしごとを、映画を出汁に、思いつくまま天下御免に綴る、全く自己満足な場所です。
お読みになった感想や反論などは、掲示板の方に投稿していただくか、あるいは直接メールを頂ければ幸甚です。


***総合目次へ***


**2002年目次**

No.02 非情の町 − ジーン・ピットニー (2002年12月23日)
No.01 カサブランカ − 君の瞳に乾杯!(2002年1月27日)


No.2 非情の町

2002年の映画落書帳もずいぶんさぼってしまったなあと、週末のエアポケットのような時間にふと思い付いて書こうとしたら、本年第二番目はなんと正月以来の年末ということになってしまった。なんとまあ、我ながらものぐさもここまで来ると言訳をする気にもならない(笑)。

GenePitney.jpg戦後の西ドイツを舞台にした映画で「非情の町(Town Without Pity)」(1961年UA配給)という映画がある。西ドイツのある町の近くに駐屯していたアメリカ欧州派遣第7軍の兵士4名が下番時に町の少女を強姦するという事件を起こし、銀行員である少女の父親が町の判事を通して米軍に訴え、犯人の4人の兵士の裁判を通して駐留米軍、弁護士、地元の新聞、地元民、そして被害者の少女、少女の恋人の青年、などの心の葛藤と敗戦後ドイツの一断面を描き出した社会派の佳作映画である。 実はこの映画の存在を知ったのは、当時アメリカの人気ポップス歌手であったジーン・ピットニーによる主題歌によってだった。 そう、あの"Louisiana Mama"のジーン・ピットニーである。日本では飯田久彦のカヴァーによってヒットしたあの曲を始め、数々のヒット曲を持つ当時のアメリカのアイドル歌手と言ってよいだろう。 この映画の同名の主題歌は1961年リリースで米国では結構ヒットしており、当時米国のヒット・チャートは日本ほどではなかったが、Bilboaard誌もCashBox誌も、ポップスもロックもフォークも映画音楽もラテンも一緒くたのランキングで、今思えばそれなりにシュールな光景であったが、ポップス好きな少女が映画音楽に感動するなんて場面も無くはなかったはずである。そんな中でこの映画「非情の町」の主題歌はジーン・ピットニーの代表作の一つに数えられるぐらいのヒットであったし、哀愁に満ちた名曲である。

ジーン・ピットニーは50年代のポール・アンカやニール・セダカに較べると日本での知名度はやや低いかもしれないが、幸か不幸か生まれつきの甘い歌声の所為で、少なくともリッキー・ネルソンに比肩するアイドル人気を誇っていたと言える。彼はむしろ作曲家としての才能が長けていたのだが、日本で言うところの「アイドル歌手」という評価であったのは事実である。 彼自身の歌手としての成功は、他人の為に書いた曲が米国や英国でヒットチャートの上位に登ることが先行し、実はこの「非情の町」が最初であった。 面白いことに当時のアメリカの男性「アイドル歌手」は結構映画に出演していて、その映画の音楽を担当したり主題歌を歌っていたりする。 「史上最大の作戦」にオック岬攻略の陸軍レンジャー部隊兵士役で出演し、有名な主題歌も作曲したポール・アンカや、「リオ・ブラボー」に御大ジョン・ウェインやディーン・マーチンに交じって出演し、生意気盛りの早撃ちを演じたリッキー・ネルソンなどが代表的である。 ジーン・ピットニーもこの映画「非情の町」の主題歌を歌うだけでなく、チョイ役で出演もしているらしいが、彼が歌手として事実上世に出たこの映画の主題歌は実は皮肉なことに彼の作品ではない。「非情の町」の作曲は、なんとこの映画の音楽を担当していた巨匠ディミトリ・ティオムキンなのである(作詞はジーン・ピットニー)。

TownWithoutPity1.jpgさて肝腎の映画「非情の町」であるが、主演のカーク・ダグラスが第7軍の法務部所属の敏腕法務少佐を演じる。 町外れで少女をレイプした4人の米軍兵士は当時の米軍法において、最高で死刑の可能性があり、弁護に当たるダグラス少佐は4人の兵士を嫌悪しながらも、役目柄懲役刑に持ち込む為にあの手この手の敏腕弁護士振りを発揮する。 裁判は事件が基地外で起こった為、上司の評価を気にする司令官と地元での裁判を強く希望する町の判事の双方を満足させる為か、ダグラス少佐の案で軍法会議の体裁を取りながらも町の体育館で町民の傍聴者を入れて行われる(この辺記憶が曖昧)。 少佐は判決を有利に持ち込む為にその凄腕で被害者の少女を証人尋問で追いつめ、彼女に落ち度があったかの印象を与えることに成功したが、いつしか被害者の少女が傍聴の町民から好奇の目で見られ始めていることに気付く。少佐は自己嫌悪に陥るが役目を怠る事無く被告の懲役刑を勝ち取る。 結審後、町を去ろうとする少佐は、少女が世間の非情な仕打ちに悲観して自殺したことを知らされ我を失うが平静を装い何事も無かったかの様に町を去る・・・と言った近年沖縄で実際に起きている事件を連想させる重いストーリーで、キャストはアメリカ人で配給もメジャーであるが、製作は紛れも無い骨太のドイツ映画である。 この作品は同年アカデミー賞候補作品にノミネートされており、ジーン・ピットニーの主題歌は映画の中で登場する米兵向けと思しきレストラン・バーのジューク・ボックスで演奏される仕組みになっているが、リズムを変えたBGMが全編に流れ、アメリカ映画には無い雰囲気を漂わせている。

因みに、非業の自殺をとげる少女役で初々しいクリスティーヌ・カウフマンが好演、恐らくは彼女のデビュー作品ではなかったか。 またジーン・ピットニーはこの主題歌「非情の町」でこの年のゴールデン・グローブ賞を受賞し、音楽家として陽の当たる道を歩み始め、翌1962年にはジョン・ウェイン主演の西部劇「リバティー・バランスを射った男」の主題歌を歌って再び大ヒットさせている。 「非情の町」、まことに陰々滅々たる映画だが、あの哀愁のメロディーと共にもう一度スクリーンで観て見たい映画ではある。
(2002年12月23日)

btn70_back-01.gifbtn70_home-01.gifbtn70_index-01.gif



No.1 カサブランカ

Casablanca2.jpg2002年の第一回は名作映画「カサブランカ」を語ろう。 この作品は1943年アカデミー作品賞および監督賞の受賞作品であるが、第二次世界大戦中のことであり、当然日本で公開されたのは戦後のことである。 明治維新革命以来日本人が初めて経験する強烈な価値観の大変換が1945年の大敗戦とそれに続く進駐軍(連合軍の日本占領軍を当時はこう呼んだ)統治であったろう。敗戦後の進駐軍統治下、洪水の様に流れ込んできたアメリカ文化のうちでもアメリカ映画が敗戦に打ちひしがれた日本人に与えた影響・カルチャー・ショックは計り知れないものがある。もちろん戦前にもアメリカ映画は日本でも公開されてはいるが、非常に限られていた筈で、雪崩のような文化の流入と共にその異文化をともすれば無批判に受け入れたようなレベルではなかったのは間違い無い。
「カサブランカ」はそんな洪水・雪崩のようなアメリカ文化の洗礼の一端として日本でも公開され、その頃の映画少年・映画青年に強い印象を残した映画といえるだろう。 筆者もそんな一人だったのか? とんでもない! 実は筆者はこの映画を映画館で観たことがないのである。 初めて観たのは、おそらく中学生か高校生ぐらいの時分にTVの放映か何かであったと思う。 早くからストーリーと挿入歌の"As Time Goes By"を知っていたので、ウッディー・アレンが”ボギー、俺も男だ!”と叫んだり、沢田研二が「♪時の過ぎ行くままに・・」と囁き、「♪ボォーギィー、あんたの時代は良かったぁ〜」とすねて見せる意味は判っていた程度の認識で、決して筆者にとって「私の人生を変えた一本」でもなく、「心に残る名作」でもないのだ。

そんな超有名な「カサブランカ」の粗筋といえば、ヴィシー政権下のフランス領モロッコの都市カサブランカを舞台に、Rick's Cafe Americanを経営するアナーキーなアメリカ人にハンフリー・ボガード、そこへフランス本土からレジスタンスの指導者が愛人連れで飛来する。件の愛人が昔パリでボガードを袖にしたことがあるイングリッド・バーグマンというわけで、たわいもない三角関係の物語に、亡命しようとするレジスタンス指導者を阻止しようとするナチの少佐と現地政府のフランス人警部がからみ、今となっては殆どB級映画の乗りでの大脱出劇が展開される映画なのである。 筆者はハンフリー・ボガード主演の映画をたくさん観ているのだが、実はこの役者があまり好きではない。 ダシール・ハメットの「マルタの鷹」だとかチャンドラー原作の「三つ数えろ」だとかにハードボイルド探偵で登場するのだが、どうもしっくり来ない。アメリカのコメディアンがよく物真似でやるように、彼の喋りはあまり口を開けずに喋る独特のものだが、どうもあれしか出来ないワンパターン役者ではなかったかと筆者は疑っている。 1930年代から1950年代のアメリカ映画の男優は、ざっくりと善玉スターと悪玉スターとに別れる。主流派はもちろん善玉スターで、ダグラス・フェアバンクス、エロール・フリン、ゲーリー・クーパー、ジェームス・スチュアート、アラン・ラッド、グレゴリー・ペックなどの美男がその代表格で、一方悪玉スターというとジェームス・ギャグニー、エドワード・G・ロビンソン、ジャック・パランス、などに並び、わがハンフリー・ボガードも堂々上位ランクインする悪党面だと思うのであるが、あろうことか、何時ぞや斬られ役から主役に伸し上がってしまった宍戸錠か新藤英太郎のように、ボギーは居心地の悪い役柄を居心地悪く演じているような気がしてならないのである。 そんな先入観もあってか、筆者はボギーのベスト作品は「ケイン号の叛乱」のあの精神異常を来した艦長役だと確信している。 今更ながらのように、どうもアメリカ人の趣味と云うのはよく判らないところがあって、単純に強くてハンサムなヒーローが好きと思える彼等が、あの時代に何故ああも貧弱矮小な体躯で、性格も悪そうな(事実、実生活でのボギーは実に嫌な奴だったらしい)男をハードボイルドなタフガイのイメージで捉えているのかが未だに謎なのである。

Casablanca4.jpg話を「カサブランカ」に戻して、実はこの作品は第二次世界大戦中に作られた反ナチ戦意高揚映画として、いわば粗製濫造された映画のひとつに過ぎないらしいのであるが、ラブロマンス映画として予想外にヒットして、なんとオスカーまで取ってしまったのは挿入歌として実に効果的に使われた"As Time Goes By"に拠るところ大であるのは論を待たない。 つまり、やはりこの映画はもともとB級映画であったらしいのである。尤も、アメリカのB級映画には玉石混交で、時々埋もれた大傑作があったりして、私も傑作を掘り出すのが嫌いではないので決して「B級」と蔑んでいるのではないということをご理解頂きたい。 "As Time Goes By"はこの映画の主題挿入歌ではあるが、この映画のためのオリジナルではなく、1931年ブロードウェイ演劇 "Everybody's Welcome"で使われたヒット曲である。 ことろがこの映画の音楽監督であった巨匠マックス・スタイナーはこの曲を使ったラッシュを観て、この曲を使わずにオリジナル曲を作曲することにしたという。ところが、いざ新曲を用意して撮り直しをする段に問題が出た。 新曲を作曲している間にヒロインのイングリッド・バーグマンが他の映画の撮影で髪を短く切ってしまっていたのである。 そうなると他のシーンも全て撮り直しとなる為、已む無くそのまま"As Time Goes By"を使用したというエピソードがある。 結果的にはそれが怪我の功名となるのであるが、安易に流行歌を使いたくなかった職人スタイナーの気持ちも判らぬでもない。 因みにイングリッド・バーグマンが髪を短く切ってしまった件の映画は言うまでも無くかの「誰がために鐘は鳴る」であった。

映画のサウンドトラックのレコードやCDは、Original Sound Trackと銘打っていても、その実は映画そのままではなくて単に同じミュージシャンによってレコード用に録音されたものや、版権の問題で重要な挿入歌を含まないものが多い。 エンターテイメントもビジネスであるから致し方ないのだが、ワーナー・ブラザースを買収したターナーがこの映画「カサブランカ」の完全サウンドトラックを1997年に発売している。 このサントラCD盤は実に素晴らしい企画で、まさにファンの欲しがるサントラ盤のお手本のようなCDである。作品中の音楽が殆ど完全に網羅されており、"As Time Goes By"に至ってはフルコーラス版と前後に作品中の台詞が含まれたバージョンと2曲入りという完璧さ! もちろん入ってます、あのドイツ人が歌い始めた「ラインの守り」に対抗してフランス人が敢然と「ラ・マルセイエーズ」を歌う感動のシーンも! アメリカはこういうマニアックな企画が通用する大人相手のマーケットなんだな・・・と改めて唸ってしまった。 振り返って子供相手の我が国の「業界」にも有志はいるのだろうけどねぇ・・・と。
(2002年1月27日)
 
btn70_back-01.gifbtn70_home-01.gifbtn70_index-01.gif