essay2003

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ここには、私ホークアイが心に映り行くよしなしごとを、映画を出汁に、思いつくまま天下御免に綴る、全く自己満足な場所です。
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**2003年目次**

No.02 シンシナティー・キッド − 少年よ男を磨こう! (2003年2月15日)(2004年1月10日)
No.01 リオ・ブラボー − ベビーフェイス二挺拳銃と酔いどれガンマン (2003年1月13日)


No.02 シンシナティー・キッド  

CincinnatiKid3.jpg皆さんスタッド・ポーカーというカードゲームを御存知だろうか。ごく簡単に言ってしまえば5枚の手札を全て相手に見えぬようにプレーするオーソドックスなポーカーゲームに対し、最初に配られた1枚だけをテーブルに伏せ、残りの4枚は順にテーブルの全員に公開して行うポーカーである。 つまり伏せたカードが何かを推測して相手の手を読むゲームである。配られたプレーヤーだけはその伏札が何かを知っているから、見せ札と合わせて最も強い手に見せかけ、相手を降ろすか、本当に強い手なら弱い手に見せかけて相手に掛け金を吊上げさせて勝負に持ち込む。 相手の4/5の手の内が見えている分、逆に虚々実々の駆引きが展開され、瞬時の確率計算能力と共に実に度胸の要るゲームである。

1965年ノーマン・ジュウイソン監督によるアメリカ映画「シンシナティー・キッド(Cicinnati Kid)」はスティーブ・マックィーン扮する新進気鋭のギャンブラーがエドワード・G・ロビンソン演じる「帝王」と呼ばれるポーカー名人に挑戦する、当初は、なんと若きサム・ペキンパーの監督で撮られる筈であったいわく付きの作品である。 自信過剰で天才的な若者が老獪なベテランに雄々しく挑戦して一敗地にまみれるお話は、ギャンブルの世界に限らず多くの分野でのエピソードに事欠かず、映画にし易いテーマではあるだろう。 米映画での他の代表的な作品に新旧の「ハスラー」が挙げられる。旧の方のポール・ニューマンはいかにも自信過剰なアメリカ人の若者らしさで好演しており、また映画ニした場合、ポーカーよりはプール(ビリヤード)の方が観客の視覚に訴えるものがあり、映画制作上は有利だっただろう。
さて、「シンシナティー・キッド」だが、この映画のクライマックスの大勝負では冒頭に述べたスタッド・ポーカーが用いられる。知力体力共に絶好調で負け知らずのキッド(スティーブ・マックイーン)は帝王ロビンソンと押したり引いたりニ昼夜にも亘る長丁場の末に決定的な勝機を掴む。 見せ札ではツーペア、実は伏せ札と合わせてフルハウスが完成しており、対する帝王は伏せ札を除いて10〜13のストレート・フラッシュが完成している。 帝王の伏せ札が同じ図柄の9かエースでなければせいぜいワンペアか単なるフラッシュあるいはストレート。帝王は強気に掛け金をレイズして来る。 この息詰まる駆引きを映画ではキッドの視点から描いているのだが、キッドは名人の手を、キッドをツーペアと読んだ帝王のブラフと読んだ。 キッドは帝王の術中に嵌った振りをして掛け金を引上げ、一気にそれまで細かく稼いで積み上げた全財産を賭けた大勝負に出た。「帝王はツーペアと決めつけ、フラッシュかストレートで勝つ気でいる。俺は勝った!」キッドはおもむろに伏せ札を開きフルハウスの完成を見せつけた。 帝王は凍りついたかに見えたがこれもおもむろに伏せ札を反転させる。 そこにキッドが見たものは同じ図柄のエース、最強の手役ロイヤル・フラッシュの完成であった。

・・・と書いても、ポーカー・ゲームを御存知無い方にはちっとも面白くないだろう。 若い頃にスキー場の民宿で酒混じりで大いに盛りあがって以来、トランプなどとんとやらなくなって久しい筆者も殆どのゲームを忘れてしまっているのだが、何故かポーカーだけは忘れることがない。 それには理由がある。 小学校5年生の頃、映画やTVで盛んに上映されていた西部劇の影響で、近所の悪ガキの間でポーカーが流行ったのである。 何を賭けたか? これは西部劇のヒーローを気取る以上ドル札でなければならない。それでドルを賭けたのである。 もちろん本物ではない。当時グリコのキャラメルの「おまけ」にドルのカードが付いていた時代がこの時代に符合する。 この「グリコ・ドル」が我らの掛け金でであった。 同じキャラメルを買っても確か1ドルから100ドルまでのいずれかのカードが入っていて、集めると景品が貰える仕組みになっているのだが、我らはそれを通貨として使ったのだ。公園のベンチでポーカーの賭場は開かれ、子供ながらそこは男の勝負の場所だった。 だから男を磨いた(笑)ポーカーを忘れることはないのだ。 昭和30年代初頭の福岡県若松市(現北九州市若松区)でのことだった。 かなり変則のルールだった記憶があるが、手役の優劣は本物のポーカーと同じだった。全国的にそんな事があったかどうかは知らないが、私の世代以上の戦後育ちの人達はポーカーに親しんだ人が多いのではないだろうか。それはやはり映画やテレビのアメリカ製西部劇の影響であろうことは想像に難くない。

CincinnatiKid2.jpg映画「シンシナティー・キッド」ではなかなか渋い脇役・斬新な脇役が光った演技を見せている。キッドの参謀役に名優カール・マルデン、その情婦には「バイ・バイ・バーディー(1963年)」で売出し中のナイスバディー新進女優兼歌手アン・マーグレット、キッドの愛人役には、既に「雨の中の兵隊(1963年)」でマックイーンと共演している愛くるしいチューズデイ・ウェルドというわけで、大勝負の中休みに妖艶アン・マーグレットがマックイーン・キッドを誘惑するシーンは原作には無い映画用のサービス・シーンであったようだ。 あの007シリーズの原作者イアン・フレミングが絶賛したというリチャード・ジェサップの幻の原作には永らく出遭えなかったが一昨年扶桑社から文庫本が出版されようやく読むことが出来た。 想像とは異なり淡々と乾いた感じで勝負を描いた好感の持てる青春ストーリーの小説だった。 帝王との大勝負も、帝王の決め手は映画での劇的なロイヤル・フラッシュではなくて単なるストレート・フラッシュだった。その方がかえって真実味がある。加えてカード賭博師のメッカであるスリー・リバー(ミシシッピー川、オハイオ川、ミズーリ川)の「川筋者」であるキッドの生立ちが三十数年ぶりに解明され、長年の疑問が氷解した。 原作を読んでまたこの映画を劇場で観たくなった。 三十数年前、映画の封切りを観て、その鮮烈なラストシーンに被さった御大レイ・チャールズの歌う主題歌にしびれ、映画館を出た足でそのままレコード店に向かったことを思い出した。いまだに映画音楽中の大傑作だと思う。
(2003年2月15日)


追記)
人の記憶とは何ともいい加減なもんで、過去の記憶は自分に都合よく脚色されていることが多いのですが、2004年のお正月に偶然にCSで何十年ぶりかに「シンシナティ・キッド」を観ました。 ラストシーンにずいぶんな記憶違いがある事を発見して冷汗をかきましたので報告いたしましょう。
最後の勝負で先に手札を開けたのは帝王の方でした。そしてその手役はロイヤルフラッシュではなくて原作通りの8から12までの単なるストレート・フラッシュ。 レイ・チャールスの歌詞を覚えたが為にロイヤルフラッシュだと思い込んでいたのでした(汗)。 帝王は手役を開けてキッドに言い放ちます。「若いの、この儂に勝てるとでも思ったのか」。 キッドは悔しそうに自分の手役開けながら言います「そうさ、勝てると思ったよ」。
(2004年1月10日)


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No.01 リオ・ブラボー 

RioBravo1.jpg2003年編の冒頭は、久しぶりに懐かしい西部劇を語ってみたい。昨年末に「非情の町」を書いた折に、サントラ主題歌を歌っているジーン・ピットニーのひきあいにリッキー・ネルソンに触れた。そうしたらリッキー・ネルソンの早撃ちがどんなだったか観たくなってその出演作ハワード・ホークス監督1959年作品「リオ・ブラボー(Rio Bravo)」を出して観た。
 今はDVDなんて便利なもんがあって、必要なところだけ簡単に観ることが出来るのだが、ふむふむなんて観てるうちに、久しぶりに観ていると新しい発見があったりして何のことはない結局全編観てしまったのだ。 筆者は戦争映画だけでなく西部劇にも並々ならぬ思い入れがあって、いずれ他の作品もここに登場するのであるが、この「リオ・ブラボー」は並み居る名作西部劇の中でもとりわけ好きな映画なのだ。
 一口に西部劇と言ってもジョン・フォード、ジョン・ウェインに代表される古典的西部劇(これも良い)から、最近のイーストウッド監督の「許されざる者(Unforgiven, 1992)」やアン・リー監督の「楽園を下さい(Ride with the Devil, 1999)」のようにリアリズム(らしさ)に徹した映画まで、多様なな作風があるのは言うまでも無いだろう。 「リオ・ブラボー」はしかつめらしい主張も、ストーリーにそこはかとなく流れる高邁な主題も無い。 いわば勧善懲悪をベースに「お約束」を満載したした古き良き時代のハリウッドのたわいない娯楽映画である。ジョン・ウェインは腰に拳銃をぶら下げてはいるものの「お約束」のウィンチェスター銃しか使わない。観客はこれを見て、このアメリカを代表するヒーローの活躍を安心して観ていることができるわけである。その辺の心理は洋の東西を問わず、我が国の大衆が「水戸黄門」や「暴れん坊将軍」を好む心理と何ら変わることは無い。

ストーリーは今更ご紹介するまでもないが、ジョン・ウェイン扮する頑固者の正義漢である町の保安官が、酒場のトラブルで殺人を犯した町の有力者の弟を逮捕して留置場にほうり込む。 これを取り還さんとする有力者一味=悪者と保安官の対決の物語である。むろん最後には「お約束」通りに正義は勝つのであるが、この保安官を取り巻く仲間が「お決まり」とは云え、なんとも魅力的なのがこの映画の最大の見所だろう。 先ず早撃ちで鳴らした元保安官助手で今はアル中で廃人同様におちぶれているディーン・マーチン、クールで生意気盛りの早撃ち二挺拳銃にリッキー・ネルソン、保安官に思いを寄せる鉄火肌の女ギャンブラーにまだニ十代のアンジー・ディッキンソン、そして牢番の老人に名脇役ウォルター・ブレナン、他にもワード・ボンドなんて渋い顔ぶれが脇を固める。 決して仕掛け的には大作映画ではないのに、なにやらホークス監督の思い入れがひしと感じられるキャスティングではないか。

RioBravo2.jpg事件は落ちぶれたデュードことディーン・マーチンが酒場でからかわれて痰壺に投げ込まれた硬貨を拾おうとすることから始まる。 この映画での見せ場は男臭いジョン・ウェインでも早撃ち役のアイドル歌手リッキー・ネルソンでもなくて、このディーン・マーチンの素晴らしい演技だろう。街中から蔑まれるアル中の廃人という汚れ役を、画面から悪臭が漂って来そうなほどに見事に演じきるのだが、当時のシナトラ・ファミリーきっての伊達男の新境地とでも云うべきか、逆にあまりにピッタリはまっているのには笑ってしまうのである。 同時にデーン・マーチンはこの映画の挿入歌「ライフルと愛馬」を歌っているのだが、この曲は彼の大ヒット曲"Everybody Love Somebody"などと並んでマーチンの代表曲の一つとして記憶される名曲で、彼自身のアルバムにも多く収録されているのだが、劇中、この曲をディーン・マーチンは当時売れっ子の美男アイドル歌手であったリッキー・ネルソンのギター伴奏により彼と二重唱をやってのけるのである。 これは娯楽映画として観客へのサービス以外の何物でもないが、こうした「夢の共演」をさりげなく折り込むことで益々この映画は、当時アメリカ人にとってさえ非現実的で非日常的なハリウッドの夢世界を演出しているのだろう。

「リオ・ブラボー」のメインテーマ曲は、保安官事務所に立て篭もる我らが保安官たちが迫り来る悪党の攻撃を待ちうけるシーンで使われる哀愁を帯びたトランペットの音色による「皆殺しの唄」である。挿入歌の「ライフルと愛馬」と並び、こちらもなかなかの効果を上げているのであるが、この曲は同じくジョン・ウェイン主演の「アラモ」でもメキシコのサンタアナ軍の総攻撃前に同じ曲が効果的に使われていたような気がするが、この曲は一種の民謡のようなものであろうか。 他にも劇中でリッキー・ネルソンは保安官事務所の中でこれもディーン・マーチン、ウォルター・ブレナンと得意のギターの弾語りでカントリー曲の"Get Along Home Cindy"を合唱するシーンがあるのだが、残念ながらそのような録音を含むオリジナルサントラ盤はどこからも発売されていない。 あまりに「水戸黄門」的な西部劇であるがためか、小難しい屁理屈や独り善がりの芸術性が大好きな我が国の映画人の間では、50年代作品とは思えない素晴らしい発色のこの映画は過小評価されているような気がする。やはり「娯楽」は全ての映画芸術の原点なのだ。そうでなければ十代に観た映画を、信長の時代ならとっくに鬼籍に入っているような歳の私が観る度に楽しいわけが無い。
 久しぶりにこの映画を観たら、新しい発見があったと書いた。まずディーン・マーチンは二丁拳銃を吊っていたが、立居振舞いは明らかに左利きであった。 それと、早撃ちコロラド・キッドことリッキー・ネルソンがいざ撃合いに向かう時にジョン・ウェイン保安官に問う「あんた、なんでいつもライフルなんだ?」 そうそう、俺もそれが聞きたかったのよ! ジョン・ウェイン保安官はあっさり答えた「お若いの、拳銃じゃあ俺より早い奴なんていっぱい居るからよ」。
(2003年1月13日)
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