essay2003

RakugakichoBanner.jpg


ここには、私ホークアイが心に映り行くよしなしごとを、映画を出汁に、思いつくまま天下御免に綴る、全く自己満足な場所です。
お読みになった感想や反論などは、掲示板の方に投稿していただくか、あるいは直接メールを頂ければ幸甚です。


***総合目次へ***


★★2005年目次★★

No.02 「リトル・ヴォイス」− 亡き父に捧げる歌声 (2005年3月27日)
No.01 「南太平洋」− 禁断の果実、檳榔 (2005年3月12日)


No.01 「リトル・ヴォイス」  

LittleVoice5.jpgイギリスの北ヨークシャーの港町スカーボローに、店主が死んで閉店したレコード店の併設住宅に暮らすその妻と娘がいましたとさ。妻は恐ろしくノー天気で下品な騒々しい中年女、一方で娘は早世した父親を慕い、日がな亡き父が残したスタンダード曲のレコードコレクションを聴いて暮らす無口な引篭もり少女・・・。
こんな設定の映画が1998年公開(本邦1999年公開)のイギリス映画「リトル・ヴォイス」である。 ううむ来たか「父娘もの」。 どうも弱いのである「父娘もの」。 いとも単純にすぐ我が身と重ね合わせて目頭が熱くなるので、この映画最初からどうしても採点が甘いのかもしれない。 本邦公開時にも勤務先の仕事など早々に片付け、日比谷の映画館の最終回を狙って一人夜陰に乗じて少々うつむき加減に怪しく出動。 戦争映画以外の新作映画なんぞめったに封切劇場には行かない筆者なのですが、これには訳がありました。 それはパブロフの犬のごとく「父娘もの」に滂沱の涙を流す為では勿論なく、映画公開に先立ち偶々雑誌で読んだこの作品の、映画ではなく、"American Beauty"、"Road to Perdition"以前のサム・メンデスが監督をしたロンドンでの「リトル・ヴォイス」舞台公演の評判でした。

件の舞台で評判だったのは映画と同じく主演のジェーン・ハロックスが吹き替えなしでジュディー・ガーランド、マリリン・モンロー、シャーリー・バッシー、ビリー・ホリディなど往年の大歌手の声色を見事に真似て見せる七色の歌声なのでした。 ふうん・・・これは、これはとジュディー・ガーランドファンであり、ビリー・ホリディ ファンでもある筆者の触角を密かに刺激したのであります。 映画でも引篭もり少女リトル・ヴォイス(勿論ニックネーム)が母の遊び相手の落ちぶれ芸能プロモーター、レイ(なんと老境のマイケル・ケインが演じている)の説得に渋々応じて一夜だけのショウを演じる山場でジェーン・ハロックスは清水ミチコもまっ青の七色の歌声を披露して見せる。 う〜ん、これは凄い! 「メンフィス・ベル」で出撃前夜のB-17の操縦室に忍び込んで米空軍の兵士と不謹慎な行為に及ばんとする地元尻軽少女役のハロックスしか知らぬ筆者には、何とも新鮮な驚きでした。 一説には、イギリスの映画界ではハロックスの声色の上手さには定評があり、このハロックスの七色の声色を題材に何か娯楽作品が作れないかということで舞台も映画も作られたというのですが、舞台は見ていませんが映画は小品ながら決して手を抜かない優れた作りになっております。

LittleVoice4.jpg先ず脇役陣が素晴らしい。下品な母親役のブレンダ・ブレシンは結構な大女優なのだが、突出した存在感で怪演。 更に、落ち目のプロモーター役のマイケル・ケインが素晴らしい。「鷲は舞い降りた」の独降下猟兵連隊スタイナー中佐(大佐)や「遠すぎた橋」のアイリッシュ・ガーズ連隊バンドルール中佐の凛とした面影はどこにもありません。 くたびれた田舎の助平ギョーカイ人を見事に演じきります。 他にも「スター・ウォーズ」でブレイクする直前のユアン・マクレガーがリトル・ヴォイスに密かに好意を寄せる鳩オタク少年を演じ、クラブの経営者、母親の友人の肥った女など芸達者が完璧に脇を固め、英国喜劇独特の可笑しな乗りで、本来単純なストーリーを90分の鑑賞に充分に耐える傑作にしているのです。 マイケル・ケイン扮するプロモーター レイがリトル・ヴォイスの気を引こうと有名芸能人の名を出して自分を大物に見せようとするシーンがある。 レイがモンローの話題を出した途端、リトル・ヴォイスが目を耀かせて「マリリンに会ったことがあるの!」と反応する。するとレイ何食わぬ顔で「いや、マットだ」と応じる。 映画館で筆者はここで声を上げて笑ってしまったが館内は静まり返って他に誰も反応しない。 そうかショーン・コネリー版007の最高傑作と言われる「ロシアより愛をこめて」の主題歌を歌った往年の英国の男性人気歌手マット・モンローを知る人はこの会場には一人も居ないのかと時代の移り変わりを痛感した記憶が。

LittleVoice2.gifよくよく考えてみると、筆者がこの映画を観たいと思った動機は如上の通り、ハロックスの歌真似のレベルがどの程度のものか見てみたいという、純粋な映画ファンからすると「不純」な動機である。 あまたの反発を覚悟で敢えて不遜なことを言わせてもらえば、その夜の映画館で私と共にこの映画を観た満員の観客のはたして何人がマット・モンローどころか、ハロックスの熱演によるジュディー・ガーランドを、ビリー・ホリディを、ドイツ語訛りまでコピーしてみせたマレーネ・ディートリッヒを知っていたのであろうか? もし、知らない人々がこの映画を観に来ていたとすれば、この映画の何を観たくて映画館に足を運んだのか? 或いはこの映画に何を感じ取って帰路に着いたのだろうか? その答えはこの映画の本邦公開がさっさと終わってしまった事に表れているのだろう。 そう。この映画は実はかなりマニアックな映画だったのだと言い切ってしまおう。 だからイギリス映画は油断がならないのだ。 往年のTVのモンティ・パイソンや映画のオースティン・パワーズ・シリーズを配給会社ですら単なるドタバタ喜劇に扱い、その笑いの奥深さに殆どの日本の観客が興味を示さなかった(気付かなかった)ように。
最後にこの映画の製作会社MIRAMAXは発売したサントラCDで洒落たお遊びをしている。 全11曲入ったこのCDは映画中リトル・ヴォイス役のジェーン・ハロックスが歌った曲のオリジナル歌手によるバージョンを収録しているのだが、ラストの11曲目のエセル・マーマンによる「ショーほど素敵な商売はない」が終わっても暫くCDを回したままにしておくと、映画のラスト近くでリトル・ヴォイスを大スターに育てて一攫千金を目論んでいたプロモーター、マイケル・ケインが夢破れ借金取りに追われ、ステージでヤケクソで歌う"It's Over"が正真正銘のサントラで収録されているのだ。ジャケットのどこにも書いてないし、CDを何回か聴くまで筆者も気付かなかったのだが、それに気付いた時には狂喜した。やってくれるもんです大英帝国依然として恐るべし。
(2005年3月27日)



No.01 「南太平洋」  

SouthPacific1958-2.jpg一念発起、なんと2年ぶりの落書は、柄にも無くミュージカルに挑戦。 20世紀フォックス社1957年公開の「南太平洋」というミュージカルをご存知だろうか。リチャード・ロジャース、とオスカー・ハマーシュタインU世というブロードウェイの超売れっ子曲作りコンビにより、ブロードウェイで1949年から1954年まで何と1925日の超ロングランを記録した人気ミュージカルの満を持した映画化です。主演は南太平洋の島のフランス人農園主エミール役をイタリア人のロッサノ・ブラッツィ、島に駐屯する米海軍衛生部隊少尉役のヒロイン、ネリーをミッツィー・ゲイナー、海兵隊ケーブル中尉役をジョン・カー、ベトナム人の物売りブラッディー・マリー役をジャニタ・ホールが演じている。 物語の原作は大作「ハワイ」や「トコリの橋」の著者であるジェームス・ミッチェナーの短編小説集「南太平洋の物語」(Tales of the South Pacific)で、この短編集に含まれる二つの恋愛物語を一つの脚本に書き下ろしたものである。

筆者はもちろん年齢的にもブロードウェイの舞台でこの作品を観たことはない。ブロードウェイのミュージカル体験は唯一1990年代に自ら望んで「Show Boat」を観たことがあるのだが、時差ボケもあり途中でやっぱり居眠りしてしまった(笑)。そんな程度だから別にミュージカルに造詣が深いわけでも何でもありません。 じゃあなんでミュージカルなのという声が聞こえてきそうですが、答えは簡単、太平洋戦争初期を時代背景にしているミッチェナーの原作なので、ちょっとミリタリーなお話をしたいだけ(笑)。お許しを。 そこで、あまりに有名な作品なので、例によってここではストーリーは大胆に割愛しますが、この時代の映画音楽ファンでもある立場から挿入歌の事だけは言わせて貰います。この作品の15曲の挿入歌のうち、「バリ・ハイ(Bali Ha'i)」、「魅惑の宵(Some Enchanted Evening)」、「ハッピー・トーク(Happy Talk)」、「ブラッディー・マリー(Bloody Mary)」などは多くの歌手に歌われた立派なスタンダードナンバーで、この映画をご存じない方でもきっと何処かで聴いたことがある名曲なのです。これらの曲を聴けるだけでも、また、ああこの映画の挿入歌だったのかと得心するだけでもこの作品は観る価値があるのです。

さて肝腎のミリタリー夜話ですが、実は話題満載。映画の冒頭シーンはミュージカルらしく堂々のOverture(序曲)に乗って登場するはアメリカ海軍のコンソリデーテッド・PBYカタリナ飛行艇。機体全景は模型っぽいのですが操縦席のシーンなどなかなか気合が入ってます。飛べない本物を使ったかな。一人の海兵隊中尉がこのカタリナに乗ってある島に着くところからこの物語は始まるのですが、島には海軍設営部隊See Beesと海軍衛生隊の医官と看護婦がいます。島のフランス人農園主(イタリア人、Rossano Brazzi)と衛生隊少尉(Mitzi Gaynor)の恋、そして海兵隊中尉(John Karr)と、謎の島バリ・ハイにすむブラディーマリーの娘リアト(France Nyuen)の二組の恋を横軸に、海兵隊中尉とフランス人農園主による日本軍の動向を探る潜行特殊任務を縦軸に物語りは展開します。戦後まだ間もない時期に作られた映画だけあって、ミュージカルであってもミリタリーな背景に手を抜かない姿勢は流石にアメリカ映画と妙に感心しきり。登場する日本軍もさほど「変」ではありません。ちゃんと九二式重機も登場します。 夏用勤務服にガヴァメントのガンベルトを西部劇風に斜めに腰に吊るしてカタリナ飛行艇を降り立った海兵隊ケーブル中尉も、日本軍が支配する島に潜入する際は上から下まで海兵隊の迷彩戦闘服を纏って任務遂行。どこまでも青い南太平洋の海と抜けるような蒼空は大作映画だけあって1957年の作品とは思えぬほどに奥行きのある素晴らしい映像で、そこに登場する艦隊は模型か合成映像にしても、ワイルドキャット戦闘機の本物を編隊で飛ばしているのには拍手しかありません。もっとも増槽をぶら下げただけのワイルドキャットが日本軍輸送船を爆撃に出かけるのはちょっと頂けませんが(笑)。 そんなわけでミュージカルということで、もしかしたら敬遠しているかもしれない戦争映画ファンの鑑賞にも十分に耐える出来だと思うわけであります。

SouthPacific2001-1.jpg実はこの「南太平洋」、2001年にTV映画として米国でリメイクされている。これがTV映画とは云え、なかなか侮れない作品なのであります。冒頭の飛行艇こそカタリナではありませんが、これが結構活躍致しますし、海兵隊中尉役はなんと新進気鋭のジャズボーカリストにしてピアニストのハリー・コニック・Jr君、「メンフィス・ベル」のB17後部機関銃手役以来の軍人役で、勤務服の左肩には第一海兵師団のパッチを付けてさりげなくガダルカナル帰りを醸して登場です。う〜んオリジナル版の中尉より何だか板に付いてるぞ。 See Beesも黒人兵が大勢いたりしてなかなか史実にも拘ってる風。転進する日本軍を追って艦隊が島を去って行くと後続駐屯部隊として海兵隊ではなくてちゃんと米陸軍の兵隊が登場するなんざオリジナル版より芸が細かいのです。オリジナル版が主にハワイ州カウアイ島で撮影されたのに比べ、リメイク版は主に豪州で撮影されているので、日本軍の火器も本物の九九式(九六式?)らしき軽機と、なんと100式機関短銃も登場。ちゃんと作動していたかどうかは不明ですが、テレンス・マリック監督の「Thin Red Line」で旧日本軍火器の宝庫「豪州」を見せ付けられていただけに思わず納得。このところのアメリカ映画の日本軍装備、日本映画より遥かにマシだぞ!

あ、ミュージカルとしての両作品比較ですが、総合点はやはりオリジナル版が圧倒的に勝っております。映像の美しさと奥深さもさることながら、リメイク版はヒロインが二人ともいけません。リメイク版のネリー・フォーブッシュ少尉役のグレン・クローズ(右下写真)、TVや舞台で鳴らした女優のようですが、出演時すでに40歳台のオバサン。何だそりゃ。マリリン・モンローとも張り合ったオリジナル版のミュージカル女優ミッツィー・ゲイナー(左上写真)の愛らしさの欠片もありません。フランス人農園主役のクロアチア人男優にもブラッツィの色っぽさは有りません。いくら戦争を背景にしようと、やっぱりミュージカルのヒロインは華がないとねえ・・・。 但し海兵隊中尉役はリメイク版のハリー君に一票。 そしてオリジナル版では劇中重要な役割を果たすベトナム人(映画中ではトンキン人と言っている)の物売りブラッディー・マリーが何故その名前なのかが実は判らなかったのだが、リメイク版を観てその疑問が氷解。 もちろん冷酷無比なチューダー朝の英女王メアリーT世とは何の関係もなく、実は彼女はいつも檳榔(ビンロウ)の実を噛んでいて口の中が真っ赤なのである。東南アジアから台湾にかけての地域では、庶民の間に、一種の麻薬効果のある檳榔の実を噛む習慣があるが、当時の太平洋地域の歴史風俗に造詣の深いジェームス・ミッチェナーならではの物語表現の為の小道具に感服。 う〜んミッチェナーの原作を読んでみたくなったなあ。
(2005年3月12日)



btn70_back-01.gifbtn70_home-01.gifbtn70_index-01.gif